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「仮面ライダー1971-1973」web版まえがき その2 [仕事]

その2,であります。

さてさて。前回の予告では「1972」出版後、のことを書きますと予告しました。
が。
その前にやはり、「1971」執筆前のことから書いておいた方がいいような気がしました。当時のことはロフトプラスワンでのイベントでお話したり、日記で触れたような気もするのですが、その頃はあまりぶっちゃけたことも書けずにいたと思うので、あらためてまとめておきます。

そもそも、どうして僕が「仮面ライダー」の小説を書くことになったのか?
まずはこれからですね。
「1971」の出版が2002年6月のことですから、あれは2001年の11月頃。
おつき合いのあった編集プロダクション所属のAさんから、お話がありました。
「仮面ライダー」を小説化する企画がある。その書き手をコンペで選ぶので参加して欲しいと。
その時点の企画では、後の「1971」とは若干方向性が違っていました。

・連作短編集である。作品によって書き手が違うアンソロジーになってもいい。
テレビ版仮面ライダーのミッシングリンク、たとえば1号と2号の交代劇、新1号誕生(再改造?)エピソードなどを小説化する。

ちなみに小説化の企画自体は講談社サイドから出たもので、(これをはっきり書くのは多分、今回が初めて)村枝賢一先生の「仮面ライダーSPIRITS」がヒットしたので、漫画の次は小説でも……という思惑だったそうです。
内容としてミッシングリンクを繋ぐものとする、というのはその編集プロダクションから出た企画だったと思いますが、これについては自信なし。

コンペの内容について以下のようなものでした。
・お題はテレビ第1話の「怪奇蜘蛛男」から好きなシーンを選び、小説化する。
※400字詰で10枚とか、それくらいのボリュームだったような。

この手のものにしては珍しく、ちゃんと原稿料も出るということで(さすが講談社)はりきって書きました。
ただ張り切りすぎて、テレビにあったシーンを小説化するという約束をころっと忘れ、限りなくオリジナルな内容のものを書いてしまいました。後にシリーズに登場するショッカー側のスタッフである御子柴が語り手となり、彼が管理運営している蜘蛛男、その前に現れる仮面ライダー、両者の戦いの煽りで御子柴が絶命する、というような話です。割と最近読み返してみたのですが、すでにこの掌編で「1971」の雰囲気は完成されていました。

その原稿を提出したものの、編集プロダクションのAさんには「レギュレーション違反!」と叱られ、「あー、そうだった」とその時点でもう選ばれる見込みはないと思っていたのですが、結果、反則勝ち? お話は僕のところへ回ってきました。
プロットを作るのにはさして時間はかからなかったのですが、いくつかの点で修正が入りました。
まずは「ハヤト」の件。
これは皆さんもご想像の通り、当初はそのまま一文字隼人だったのですが、その隼人が○○○しまうのは問題ありとのご指摘があり、名前をカタカナ表記で一応別人とすることで解決しました。
今にして思えば、一文字隼人という名前を出さないことで、本郷猛がひとり戦うという雰囲気がより濃厚になったので、結果、ありがたいご指摘だったと思います。
第二は「楠木美代子」。
これは原作(漫画版)のキャラクターですが、当初、彼女の役回りは「緑川ルリ子」が担うことになっていました。
つまりルリ子が完全にショッカー側の人間で、本郷拉致の指揮を執ったりした、というわけです。
で、プロットではルリ子は見た目は若いけれど、それは(後の美代子の設定と同じく)改造手術によるもので、実年齢は不明、当然、緑川教授の娘ではなく、教授の母(!)というアイデアを記していました。
……それはちょっと、ということになり、ルリ子の代わりに美代子というキャラクターが生まれたのですが、これは指摘して頂いて正解でしたね、いろいろな意味で。
ただ、この時のアイデアが「1972」における緑川家の怪しい歴史のイメージソースになっています。

「1971」の実質の執筆期間は2002年1月、ちょうど一ヶ月だったと記憶しています。他の仕事を整理して、その間はこれだけに集中していましたが、最近の執筆ペースと比べるとずいぶん速いです。

通常のスケジュールなら3月にでも出版できたのですが、6月まで待とうという話になりました。これも覚えている方も多いと思うのですが、そのタイミングで全国のセブンイレブンで「仮面ライダーキャンペーン」(ボトルキャップフィギュアなんかが置かれていたと思います)をやる企画があって、それと連動させたいから、というお話でした。
「んん? 全国のセブンイレブンに自動的に置かれちゃうの? どんだけ刷るの? 家、建つ?」と喜んだものの、そうはなりませんでした。家が建たなかった、ということではなく……他の商材は自動的に各店舗に送られるのですが、「1971」はそれに付随した注文シートにリストアップされるだけで、各オーナーが発注しないと入荷しなかったわけです。とはいえ、都内ではそこそこの数のお店に置かれていた記憶はあります。

というようなことがあり、無事に発売になった「1971」ですが、正直、講談社サイドが期待したほどは売れなかった、というのが結論です。僕、のではなく、「仮面ライダー」というブランドの名誉のためにつけ加えておきますが、ノベルスの売り上げとしては正直悪い方ではなかったと思うのですが、期待されていた成績は残せなかった、ということです。そもそも「1971」の担当部署は、講談社の少年向けコミックスの周辺書籍、つまりムックや画集、またコミックスの単行本そのものを扱うところだったので、100万部単位の売り上げもある人気コミックスと、その数を比べられてしまった、という感じもあったと思います。
そんな次第で当初は鼻息の荒かった企画なのですが、「1971」の続きは自然消滅……という雰囲気が濃厚になりました。
結果、約一年後に「1972」が発売されることになるのですが、これは正直、ある種の温情というか、企画当初は長いシリーズにしたい、というような話でこちらを期待させてしまったことへのお詫び、というニュアンスもあったような気がします。
そんな事情はともかく、こちらとしては続編が書ければなんでもいいよ! という気持ちだったので「1972」を死に物狂いで書き、よせばいいのにその文末、「仮面ライダー 希望1972 了」と記したその横に……

「『仮面ライダー 流星1973』へつづく」

……と、ぬけぬけと書いていたのです……が。

思いのほか長くなりましたので、続きはまたこんどのエントリで。

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